デヴィ夫人の生い立ち―極貧生活から高級セレブの世界へ!

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セレブタレントとして大活躍のデヴィ夫人。

鋭いコメントやユーモアで、日本の茶の間を楽しませており、日本では知らない人はいないほどに愛され、憧れの的である存在です。

そんなセレブリティな彼女ですが、幼少期は貧しく「波乱万丈」な人生を歩んできた人でもあります。

この記事では、デヴィ夫人の出生~20歳ごろまでの生い立ちをまとめています。

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デヴィ夫人のプロフィール

本名:ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ
日本名:根本七保子(ねもとなおこ)

誕生日:1940年(昭和15年)2月6日生まれ

出生地:東京都東京府麻布区霞町
(現:東京都港区西麻布)

身長:159cm
血液型:A型

 

デヴィ夫人の幼少期と家族

デヴィ夫人は1940年、第二次世界大戦前の東京で生まれました。

父親は大工の棟梁をしており、足の不自由な母親は内職をしていたそう。

そして、デヴィ夫人の下には弟が1人います。

デヴィ夫人のお顔立ちからして、ハーフ?外国人?と思いがちですが、実はご両親とも日本人なんです。

デヴィ夫人が生まれて間もなく、太平洋戦争がはじまり、母親と弟と一緒に浪江(福島県)に疎開をしていたそう。

東京に帰ると、東京は焼け野原と化しており、自宅は焼失を免れたものの食料の調達には苦労をしたといいます。

デヴィ夫人が野草をとってきて具材にして食べたり、家に入り込んできた鳩を丸焼きにして食べたなどのエピソードがあります。

幼少期の生活は、現在のセレブな姿からは想像もできないような極貧生活そのものでした。

デヴィ夫人の小学校・中学生時代

港区にある立笄(こうがい)小学校から、港区立高陵中学校にしたデヴィ夫人。

中学生のころから頭が良く、とくに英語では学年1番の成績を収めるほどに優秀だったそうです。

なぜ英語なのかというと、戦後、近くに駐屯地があったことがきっかけだそう。
子供のころからアメリカ兵を近くに感じており、英語に興味をもって猛勉強していたといいます。

(最前列・右側の女子中学生がデヴィ夫人)

生後間もなく太平洋戦争がはじまり極貧生活を送ってきたデヴィ夫人は、「母と弟を守るのは自分の役目」と強く感じていたそう。

足の不自由な母親の代わりに農村へ買い出しに出かけたり、母親の内職を手伝ったりしていたそうです。

子供のころから、ととのった顔立ち。

周りの人とくらべてもひとり違うオーラがあることが写真からもわかりますね。

デヴィ夫人の高校進学・就職・映画出演(1955年)

1955年、東京都港区立三田高等学校の定時制課程に進学しました。

また、高校進学と同時に千代田生命保険(現・ジブラルタ生命保険)に就職。

当時の千代田生命保険は、倍率150倍もの難関だったといいます。

貧しい家計を支えていくため、喫茶店でのアルバイトもしていたといいます。

さらに、映画「青ヶ島の子供たち 女教師の記録」にエキストラとして出演します。

実は、デヴィ夫人は、貧困から抜け出すため、「東芸プロダクション」に研究生として入団していたのです。

無名エキストラではあったものの、女優デビューを飾ったのでした。

デヴィ夫人の父親が他界、ナイトクラブへ(1956年~)

翌年1956年には、デヴィ夫人の父親が他界してしまいます。

高校を中退してアルバイトを掛け持ちしながら家計を支える中、知人の紹介によってナイトクラブで働くことになりました。

お金持ちのジェイムズ・ベイカーさんと知り合い、気に入ってもらったデヴィ夫人。

ベイカー氏に着飾ってもらったり、海外につれていってもらうなどの経験を積んでいったそう。

そして、日本随一の社交場であった、赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」で働くことになります。

「コパカバーナ」でホステスとして働いていたデヴィ夫人は、その美貌を買われ、たちまち「プリンセス」と呼ばれるようになりました。

この「コパカバーナ」は、外国人のお客様が大半を占める社交場であり、世界中のお金持ちと関わり、プロポーズをされることもあったとか。

デヴィ夫人とスカルノ大統領との出会い(1959年~)

赤坂の高級クラブで、お金を稼ぎながら英語力を磨き、世界のお金持ちの立ち振る舞いを身に着けていったデヴィ夫人。

世界最大のイスラム教国家であるインドネシアへの開発援助に伴い、東日貿易の秘書という名目でスカルノ大統領のもとに送り込まれました。

それがスカルノ大統領との出会いです。

スカルノ大統領とデヴィ夫人の2人は最初は愛人関係でしたが、出会ってから3年後の1962年、デヴィ夫人が22歳のころに結婚に至ります。

インドネシアでは一夫多妻制が認められており、スカルノ大統領委は4人の正妻がいました。

4人のうちの1人、第3夫人がデヴィ夫人です。

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